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お経とは何か?


イラスト  山崎祥琳さま作

お経とは古代インドの言葉、サンスクリット語で【スートラ】といいます。
縦糸という意味で、当時は印刷技術が発展をしていなかった為に、貝葉(ばいよう)とうい木の葉や木の皮などに書き写し、それに穴を空けて糸を通していました。
そこからこの意味が出来たそうです。それと同時に仏教の糸が真直ぐ、正しく続いている真理を意味します。

それでは何故、お経が出来たのでしょう?
お経はお釈迦さまの教えです。お釈迦さまが入滅後、一人の弟子が「もう師匠からうるさくいわれない」と言った事がきっかけで、十大弟子が中心となり、500人の高僧が集まり編集会議が行われました。
これを結集(けつじゅう)と言います。結集は何度も繰返されました。
一回目の結集がラージャガハで開催され、ラージャガハ結集といい、二回目の結集が一回目の結集の100年後に開催され、開催地の名前からヴェーサーリー結集というそうです。その後も結集は繰り返されているようです。

お経の文字で一番古いものはパーリ語の聖典で、サンスクリット語は標準語で深い知識を身に付けた人達が用いた語であったため、布教には一般用語を用いるのが良しとされていた為に、サンスクリットの仏典が書かれるようになったのは後のことです。

八万四千の法門と言われます仏教は、沢山の経典があります。
種類別では小乗経典・大乗経典・密教経典の三つに分けられます。
小乗経典は小乗仏教の自分だけが悟りを開くという目的から、お釈迦様が弟子達に直伝した教え。
大乗経典は大乗仏教の自分が修行をしながら他人も救済するという目的から、在家の人達にもお釈迦様の教えを説くために作られた経典。
密教経典は大乗経典の中に含まれるが、教義の奥義と説いたもので、一般には分かりにくい。

そして、仏典には『経』『律』『論』の三種がある。
『経』はお経、お釈迦様の教え
『律』は仏教徒として守らなければいけない戒律
『論』は経・律の研究や解釈をまとめたもの。
これを『三蔵』という。西遊記に出てくる三蔵法師は人の名前ではなく、経・律・論の三蔵に精通したという意味で用いられ呼ばれている。

仏典の形式には六つの条件を満たしてしたなら、いつ・どこで作ったものであっても、仏典として成立するということです。
いつ・どのように・誰が・誰に・何処で・どのような人に説いたかが記されていることが条件です。

例:如是我聞一時仏在舎衛国祇樹給孤独園與大比丘衆千二百五十人〜
どのように=如是(このように)
誰が=我聞(私は聞きました)
いつ=一時(ある時)
誰に=仏(お釈迦様のこと)
どこで=舎衛国祇樹給孤独園(舎衛国の祇樹給孤独園で)
どのような人に=大比丘衆千二百五十人〜(徳の高い羅漢など1250人 〜)これはインドの竜樹(ナーガルジュナ)によって形成されたという。

お経の中には後世の人が作ったものも沢山あります。あくまでもお釈迦さまがお説きになったという設定になっていますので、著者がわからないものもあります。しかし、決して劣っているわけではありません。どのお経にも教えや衆生救済などが書かれています。僧侶が読経をするのは教えを学ぶため、仏壇や墓前で読経をするのは亡くなった人にお釈迦さまの教えを説いて成仏をして頂こうということです。

仏教はお釈迦様が布教をし、東インドのガンジス河の流域でまず、広まった。そしえ、お釈迦様の没後、弟子達により伝道さて東西へ広まっていった。伝わっていったルートは西域、北西なと幾つかあるという事です。

代表的なルートは西域で熱心な仏教信者であるマウリヤ王朝のアショーカ王が伝道師を派遣し、インドのほぼ全域やセイロン(スリランカ)、ビルマ・タイまで伝わり、中国へは西域の貿易路をたどって伝わったという。

経典の翻訳は大きく分けると三つに分けられる。
1.その国の言葉で翻訳されたもの。
2.原文に忠実に翻訳されたもの。
3.一旦、他国の言葉に翻訳をされてから、自国語に翻訳されたもの。

そして、翻訳家の代表的な人物には
鳩摩羅什(くまらじゅう)
中央アジア出身。20歳で受戒し、積極的に教化活動を行った為、名前が知れ渡り、道安が中国に招こうと国王に願い出て、国王が使者を派遣している間に、国が滅んだために、鳩摩羅什が中国へ来たのは道安が亡くなってから15年後だった。お経の翻訳や今までに訳されたお経の訂正作業にもあたった。

真諦(しんたい)
西インド出身。中国の国王が仏教に精通した人物とお経を求めている事を知り、経典を持って中国に渡った。

玄奘(げんじょう)
中国北西部出身。20代であらゆる仏教学を納め、インド求法の旅を許可されず国の法を犯して旅に出る。17年間の旅をし、520包みのお経を持ち帰り皇帝の庇護の元、翻訳に専念した。

不空(ふくう)
貿易商の叔父と中国へ渡り、密教の三祖と言われる金剛智の弟子となり、20年以上の中国生活の後、スリランカに渡り密教を深め、インドを遊歴し密教の経典や法具を持って、また中国へ渡った。

日本へは朝鮮半島の百済の王から、たくさんの経典や仏像が天皇に献上されたということです。神信仰だった日本は、崇拝派の蘇我氏と廃仏派の物部氏の対立が起こり、蘇我氏が勝った。推古天皇が即して聖徳太子が摂政となり、宗教としての他に国の文化を高める為に仏教を奨励したという。
そして、聖徳太子は寺院を建立し、貧しい民の救済施設としても活用したという。
遣隋使を派遣して中国の文化や人材を取り入れ、多くの経典も取り寄せた。

大蔵経というものがある。これは経・律・論を集めた仏教全集です。しかし、大蔵経に収録される為には政治に反逆しない内容のものという条件が必要という。
日本では中国で作られた原本にして刊行されたが、後に日本の高僧の著作のものも収録された。収録は主に学者によってなされた。

お経で最初にお唱えをするお経があります。
〔開経偈(かいきょうげ)〕というお経です。これは「これから、如来のすばらしい教えを説きます。この如来の真実の教えを得ましょう」と言っているのです。

〔開 経 偈〕
無上甚深微妙法  むじょうじんじんみみょうほう
仏の教えはきわめて奥深く すぐれた最高の真理の教えである。

百千万劫難遭遇  ひゃくせんまんごうなんそうぐう
 このような、すばらしい教えに巡り会えるのは百千万劫にも難しい

※百千万劫とは、一劫が一辺が384里130歩の四角柱の大磐石に 天女が百年に一度、天から舞い降りて羽衣でひとなでして、大磐石 がなくなっても劫は尽きないという位の時間的単位(他に異説沢山  あり)
 一劫×百千万という数字になる。これは時間的単位ではないように 思います。

我今見聞得受持  がこんけんもんとくじゅうじ
 我々は今、そのすばらしい教えを受け、聞いて得る事が出来る。

願解如来真実義  がんげにょらいしんじつぎ
 願わくば、如来の真実の教えを理解しよう

[まとめ]
無上甚深微妙法   百千万劫難遭遇   我今見聞得受持   願解如来真実義
仏の教えはきわめて奥深く優れた最高の真実の教えである。このような、すばらしい教えに巡り会えるのは百千万劫にも難しい。しかし、我々は今、そのすばらしい教えを受け、聞き、得る事ができる。願わくば如来の真実の教えを理解しよう。


お経が終わった時にお唱えするのが回向文(えこうもん)です。
〔回 向 文〕
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成佛道
がんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう
 かいぐじょうぶつどう 
願わくば、この功徳をもって
あまねく一切に及ぼし我らと衆生と皆、共に悟りを完成させよう

願わくば、この功徳が、あますことなく全てに及ぼし、我らと衆生と共に皆、悟りを完成させよう。