×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

お  彼  岸


お墓参り
古代インドの言葉である、サンスクリット語でパーラミターといい、至彼岸という意味です。

日本では、光仁天皇の第二皇子 早良親王(さわらしんのう)で、桓武天皇が即位されたために東宮になりました。藤原種継の暗殺事件で淡路へ流され、その途中で断食をして命を絶ちました。
早良親王が平城(へいぜい)天皇に祟りをなすとされ、崇道天皇と追号し、京都へ御霊神社を祀った。その一方で彼岸の七日間に霊を慰める仏事を行ったという。
それが大同元年(806) 崇道天皇を祀るために春、秋の中日挟んで七日間、金剛般若経を読んだとあるのが、始まりということです。

迷いの世界であるこの世を此岸(しがん)、悟りの世界を彼岸といい、悟りの世界に到達するということです。
本来は悟りを開く為に精進する行事で、春分と秋分は昼と夜の長さが同じことから、中道を当てはめます。
そして、春分と秋分は太陽が真東から出て、真西へ沈むために日想観という西方浄土を思い浮かべるという修行に適したとされています。。これは浄土教が盛んになるとともに、この行事が盛んに行われるようになたという。
この日想観と祖霊崇拝が結びついて、日本独特の行事となりました。

さて、お彼岸というとぼたもちが付き物ですね。春はぼたもち、秋はおはぎといいます。
ぼたもちは牡丹餅で、牡丹の花が咲く季節なので、そう呼ばれます。
おはぎは萩の花が咲く時期なので、おはぎと呼ばれますが、煮た小豆をそのままお餅に掛け、散らばった小豆が萩の花が咲いているように見えるので、そう呼ばれたという説もあるそうです。
そして、なぜアンでご飯を(もち米)包むのかといいますと、昔はお米をお城へ納めなければなりませんでした。お米は農民が食べる事が出来なかったのですが、ご先祖様に供えたいという気持ちから、ご飯をアンで包んで見回りに来れられても、分からないようにする為の知恵だったという事を聞いたことがあります。砂糖も貴重なものでしたから、お米と砂糖という二種類の貴重なものを使って作り、ご先祖様にお供えをしたのですね。

お腹を満たす前に、感謝を込めてご先祖様にお供えしましょうね。(^^)